被害者A
作品4  麗子





「あれ?先輩は?」
出勤と同時にその目が捜すのは、いつもそこにいる賑やかな存在。
居るならば、中に入ってくる前にわかる。声が近所中に響き渡っているから。今日もいつもと変わらない日常があるんだと、誰もが知る。


その姿がないときは、ひどく不安そう。
母親の姿を見失った子供みたいな。
首輪のはずれてしまった犬みたいな。

「――――借金取りが来て逃走中」

そう答えると、目に光がはいったように輝く。
ほう、と息をついて唇の端に笑顔をふくませて。

「またですかぁ。先輩も懲りないなあ」

いつものせりふで愚痴ることができて、やっと呼吸ができたかのように背筋が伸びた。それからやっと、何事もなかったみたいに書類をめくり出す。



顔を作るのは得意だったのに。どうしてたったひとりの人だけが、あなたをそんなふうに不器用にしてしまったのかしらね。

「また金貸してくれって言いに来るんでしょ。もう、いつもいつも先輩は僕ばかり頼りにして」


窓越しに差し込む陽光。生けられた机上の花が桃色に艶めく。


けいちゃんは、りょうちゃんがいないと死んじゃうね。
りょうちゃんは、けいちゃんがいなくても平気なのにね。
そうしてあなたはずっと、あの背中を追いかけていくつもりなんだね。

手に入るはずなんかないって知ってるのに。



指先はよどみなくペンをうごかしているけれど、目はちらちらと窓の外を捜す。
大事なものがはやく戻ってこないかと。
欲しいものなんかなんにもなかったあなたが、ただ待っている。
我慢して時々追いかけて、掴みきれず落ち込んだり。きっと泣いたりもして。
ただ、あなたの名を大声で呼ぶのを待っている。
たとえそれがなんの情もない言葉でも。


ずっとこのままでいられたらいいね。
けいちゃんが、りょうちゃんとずっといられたらね。
りょうちゃんをすきなけいちゃんが、
とっても好きよ。




麗子の立ち位置って、中川の保護者みたい。




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