中川×先輩。 しくだい提出。
(お題:「準原作」3ページ作品の続き。両津の覚醒後)






 あらぬ場所の痛みに、両津はクビを振った。
 何故だか分からないが、意識が朦朧とした。天井が滲んでいるのはどうしたなんだ。それにこの音は一体なんだ。
 ひどく疲れているような重たい身体を無理やり動かすと、音の先には中川が居た。
 どうした。
 何をしているんだ。
 声をかけようとしても、声が出ない。
 こんなに辛そうな中川を見たことがなかった。
 何でも金で片付ける、少し間違えるとイヤミにしか取れない態度は、でもいつも冷静で、金が絡んだ問題を引き起こすたびに、文句を言いながらも、一番手っ取り早い方法でその場を収めるすべを知っていて。
 
ええい、畜生、なんだってんだ!

 動かない身体を無理やり引き起こそうとして、両津は脳天まで突き抜けるような痛みに悲鳴を飲み込んだ。
 あらぬ場所から、脊髄を通過して、延髄まで一直線に、激痛が走った。
 う、とも、ぐ、ともつかないもれた小さな声に、びくりと中川の方が揺れた。
 殴られたらしく、唇の端に血を固めたまま、ゆっくりと泣きはらした顔が、両津を捉えて。

 思い出した。

 思い出したとたん、痛みは倍増した。
 畳に散っている血は、心配した中川のものではない。
 その中川に押さえ込まれ、無理やり貫かれた己の身体から出たものだ。
 この今まで経験したことの無い激痛をもたらしたのは、目の前の中川で。
 言わば、強姦というやつだ。
 犯罪だ、犯罪。
 泣きたいのはこっちの方だというのに、何故犯罪者の中川の方が、見も世もなく泣いているのだ。
 ちっ、と舌打ちをして、両津は何とか身体を起こした。
 サバイバルには慣れていた。どんな境遇でも生き残れる自信はあった。当然薬なんかにも耐性はあるし、怪我にだって慣れている。
 が、この痛みだけはどうにもしがたかった。
 いまだにそこに異物があるような感覚が拭えない。
 押し入られた時の内蔵がせり上がるような嘔吐感が、いまだに抜けない。
 泣きたいのはこっちのほうだ。
「先輩…」
 消え入るような声が聞こえたような気がした。
 うつむき加減の中川からは表情がもう読み取れない。
 殴ってやろうかそれとも同じことを仕返してやろうかと、一瞬迷ったが、どちらも止めた。
 中川は、世間一般でいうところの容姿端麗というやつだ。金も地位も信じられないくらいあるのは、両津自身が簡単に借りている億単位の借金からも分かっている。
 いろんな国ごとに、最高級の女が居ることも。
 中川が思うところのはした金を用意すればたいていの女は黙っていてもよってくるだろう。
 そして中川に今まで「そういう」趣味があったとは聞いてないし、そんなヤツではないことは両津も良く知っていた。
 ましてやこういう言い方はなんとなく癪に触るが、自分を相手にしようなどと考える輩はおるまい。
 中川は、ことに及ぶときになんと言っていただろう。
 そうだ。
 『今一体僕にいくら借金があるかご存知ですか』
 『身体で払ってもらいます』
 …何か、あったのだろう。
 それが何かまでは分からないけれど。
 両津は、軋む身体を何とか引き起こした。
「犯罪だぞ、犯罪」
 両津の第一声に、中川の肩がびくりと揺れた。
 腹は立って仕方ないが、不思議と中川を憎む気持ちにはならなかった。このまま許してやる気持ちはさらさらなかったが。
「慰謝料として、借金はチャラだな、チャラ」
 散らばった服を一枚ずつ身に着けながら、両津は言葉を区切った。
 中川は俯いたまま、動かない。
「相場よりは高いかもしれんが、そこは、謝罪の気持ちというヤツだ」
 自分を襲うほど煮詰まっている時に、容赦ないかもしれないが、そこはそれ、やったことの責任は取ってもらわないとな、と付け足すと、中川は小さく頷いた。ような気がした。
 忘れてやる、と言うと親切なのだろうが、それはやめた。
 忘れてやるつもりはなかった。
 当分このねたで脅してやる。
 おずおずと中川が差し出した上着を羽織ろうとすると、ポケットから携帯の呼び出しがあった。
「はい。…ワシだ。……ワシ以外の誰が、この電話に出るんだ、馬鹿め」
 最近まとわりつくようになってきた、特殊刑事課のやつだった。タイミングが悪いといえばこれ以上悪いタイミングはないだろう。
 儲かり話を頻繁に持っては来るが、儲かったためしは一度もなかった。
 今度は、違法賭博場に客として乗り込んで、勝ち逃げの途中で、追っ手をまく為に、捜査に入るという計画だっただろうか。
「今は無理だ。絶対に無理」
 客役をするには、面が割れている。かといって、捕り物をする元気は今はない。中川の手前、平然としているが、痛みを訴えている部位が部位なだけに、座り込むか、いっそ横になりたい気持ちだ。
 まだ、なんだかんだと、電話の向こうで怒鳴り散らすのを適当にあしらって、後で行くとか何とかごまかして電話と切った。
「中川」
 邪魔が入ったが、少し話そうと思った時。

 ゆうらり、と中川が動いた。

「行かせませんよ、先輩」
 どん、と肩を突き飛ばされて、両津は簡単にしりもちをついた。ついた拍子に、痛みが背骨を直撃して、両津は呻いて転がった。
「借金チャラだなんてムシが良過ぎませんか? 一億や二億じゃないんですよ。…とりあえず、それくらいでいいんだったらお支払いしますけど。だったらその分楽しませてもらいます」
 よせ、という言葉は、言葉になる前に、中川の口の中へと消えた。
 二度通用するか、と、振り上げたこぶしは、今度は中川の顔を殴ることはできなかった。
「二度も同じ手はくらいませんよ」
 両津が考えたことと同じ言葉を口にして。
「今度はどんな風にしてあげましょうか」
 痛みのせいか、思うように反撃できない。
 対して中川は普段は使わないが、きちんと武道の鍛錬は怠っていないらしく、軽々と捕り物でもするように、両津を再び押さえ込んだ。

「ねぇ、先輩」

 

 うっそり微笑んだ中川の表情は。





 昔、救えなかった、若い犯罪者の最後の顔に似ていた。









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