被害者E
中川×先輩 作品1






「中川ぁ、風呂行くぞ風呂」
 こんな暑い日は、決まって掛けられるようになった誘い。
 先輩の風呂とは、この場合当然に銭湯のこと。
 僕は此処に来るまで、先輩に会うまでは銭湯なんて行った事がなかった。
 最初はもの珍しく。それでも、何度か行く内に慣れて。
 先輩がまっぱだかで近所の人と親しげに話すのを、子供たちが先輩に慕うのを、湯に浸かりながら眺めている時間が好きになった。
「行かんのかー?」
「あ、はい。行きます」
 先輩はもう既に桶を持って外で足踏みをしている。
 カンカンと響くゲタの音に急かされるように、奥に置いてある銭湯の一式を持って派出所を出た。
「おっし、行くぞ」
「ごめん麗子ちゃん、ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃい」
 自分達が帰ってきたら勤務終了な彼女にこうして謝るのも、もう何度目かわからない。
 丁度いいタイミングでやってきた麻里愛さんにも後を頼んで、先輩の後を追う。
 休憩時間とは言え、厳密には職務怠慢にあたるこの行為にも、もう慣れてしまった。
「おい中川、見ろ。きれいだぞ」
 遠く立つビル群の向こうに見える夕日を指差して、先を行く先輩が歓声をあげた。
「本当だ。凄い夕焼けですね」
 思わず感嘆の声がもれるくらい、太陽が西の空を真っ赤に染めていた。
「昔は、あの辺はなんにもなくてよ。よく沈んでく夕日をみんなと眺めたもんだ」
 そう言って懐かしい思い出に、にかりと笑った先輩の顔は、あまりにもガキっぽく。
 それでいて、一瞬だけは寂しそうな大人の顔を覗かせて。

  何故かわからないけど、どきんと胸がひとつ鳴った。




「よっ、今日も元気そうだな」
 がらりと引き戸を開け、番台に座ったおじいさんにかけた先輩のでかい声が響く。
 その声に、風呂の中から近所の子ども達がわれ先にと飛び出してきた。
「オマワリー!」
「今、中誰も入ってないんだぜ!」
「よく飛ぶ水鉄砲のやり方教えろよ!」
 あっというまに囲まれて、奥へと引っぱりこまれる。
 番台に料金を置く暇もなかった先輩の分と合わせてお金を払って、脱衣所に上がった時には、既に先輩は服を脱ぎ捨ていて褌ひとつだった。
 良く言えば中肉中背の、身も蓋もない言い方をすれば、典型的日本人体型の先輩の躯に、真っ白の褌は良く似合う。
 これぞ生っ粋の江戸っ子ならでは-------という、妙な色気があるのだ。
「中川、何ぼーっと突っ立ってんだ。」
 しゅると褌の紐を解きながら、先輩がこっちを向いた。
 慌てて視線を外して自分も服を脱ぐ。上着のボタンを外している間に、先輩はさっさと褌を取り去って、前も隠さずに堂々と湯殿の扉を開けて湯気の中に消えてしまった。
 
 賑やかな子ども達の歓声が響く中、身体を洗う。いつもはボディーシャンプーを使用している僕だけれど、銭湯では先輩に教えられた通りに石鹸を持参している。タオルも日本手拭いだ。
「お、中川。石鹸貸してくれ」
 脇から毛深い手が伸びてきて、太い指が石鹸を攫っていった。
 手拭いに擦り付け、泡を立てる先輩の後ろに子ども達が寄ってくる。
「背中洗ったろー」
「お、何だ。コーヒー牛乳ねらいか?」
「だめだぁ、バレてる」
 わははと笑いながら、先輩はされるがまま、子ども達の手によって体中を泡だらけにされている。
 その間に洗い終えた僕は、一足先に湯に浸かる事にした。


 富士山と夕日を背に、少し熱めの湯の中から先輩を見る。
「おらー流すぞー!」
 なみなみとお湯を汲まれたケロリン桶が、先輩の頭上でひっくり返される。ざばっと勢い良く流れ落ちた湯が、全身の泡を流し落とした。
「じょりじょりだー!」
「おいコラ、遊ぶなっ!」
 泡の下から現れた体毛に子ども達の手が伸びて、遊び始める。
「アリンコー!」
「いて、いててっ」
 馬鹿力な先輩に対して相手は子どもとはいえ、一対三。手加減も相まってか、先輩はあっさりと子ども達にタイルに転がされてしまった。
「おいお前らいーかんげんに‥‥‥って、どこさわってる!」
 子どもの興味の場所は、腕や足、胸だけに留まらず先輩の股間に移ったらしい。
 押さえ付ける子ども達の下でもがき、慌てて手から逃げ出してきた先輩が、頭から勢い良く湯に飛び込んできた。
 ざぷんと大波が立つ。その波をまともに被ってしまった僕の横で、先輩が顔を出した。
「まったく。油断も隙もないガキどもだ」
 ぶつくさ言う先輩の躯を見遣る。
 ふと股間に目が行って慌てて逸らすことになった。
 ゆらゆらと揺らめく湯の中で、子供たちに遊ばれたそこがなんとなく‥‥‥。
「せ、先輩ッ!」
「あ?なんだ中川」
「じ、時間、大丈夫ですかッ?」
 なんで僕はこんなに動揺しているんだろう。同じ男じゃないか。
「あーそろそろかぁ?部長が戻って来たらマズいしな。もちっとしたら出るか」
「ぼ、僕、先に出てますから」
 浴槽の縁においておいた手拭いでしっかりと前を隠して、僕は脱衣所に逃げ込んだ。

 先輩があがって来る前にどうにかしないと。
 先輩は男だ。男だぞ、男。
 なんで僕が男の股間で反応するんだよッ!?

 腰に手拭いを巻き付けて、扇風機の前で深呼吸。

 落ち着けよ。
 落ち着けよ?
 落ち着けってば!

 そんなことを思う時程、空まわるばかり。

 
 無情にも、がらりと戸の開く音がする。
 暑いと呟く先輩の声が後ろから聞こえて、あがって来たのがわかった。
 ‥‥‥こんなのは何かの間違いだよな、男の躯で僕が興奮するわけないじゃないか。とそっと振り返ってみた‥‥‥‥のが間違いだと、後悔した時にはもう遅く。

 さくら色に染まった先輩の全裸が目に飛び込んで来て。
 しっかりと網膜に焼き付き。

 くらりと来てしまったのは、いったいどうしてだろう‥‥‥か。
  
  


  誰かお願い教えて下さい。






強制終了。
もう駄目です。逃げます。
すたこらさっさ。
 



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