加害者
中川×先輩。特殊刑事課の男×両津。穴埋め3頁分。









 外回りから戻り、赤のフェラーリF40を派出所前に滑り込ませようとした中川だったが、先客に気づいて眉をひそめた。
「あれは―――本庁の」
 そこに警視庁のパトカーが停まっているのを見て、何とはなしに嫌な予感を覚えていた。 




「両津、相変わらず尻がたるんでおる。もっと引き締めろと言ったろう。いいか、ここをこう、キュッとだな―――」
「いいからケツに触るのはよせ!茶が淹れられないだろ」
 派出所の給湯室では最前から二人の男がやり取りしていた。
 うすい唇を不満そうにぐいと曲げ、尻を撫で回している男へと躰ごと振り返った両津がふとけげんな顔をする。
「ん?何か腹に当たってるぞ」
 何気なく下を見おろしてぎょっとしたように目を見開いた。
 男がネクタイとともに唯一身につけている海パン―――彼にとっては制服でもある黒のビキニを大きく突き上げて、硬く反り返っているものがある。
「それはエネルギー補給源のバナナだ」
 男は精悍な面に浮かべる表情を動かすことなく平然と嘘をついた。刑事たるもの、それぐらいできてしかるべきなのだ。
 しかし、実際にそれがそこから出てくるのを何度も目撃している両津はあっさりと信じこんだ。
「な、何だそうか。ワシはてっきり」
「てっきり―――何だ?」
 問い返しながら足を踏み出し、男がそれとなく密着を図る。
「な、何でもない何でもない!」
 両津は顔の前で勢いよくぶんぶんと両手を振り、下司な勘ぐりをしちまったと照れ隠しのようにガハハと笑った。
 その隙に、男が自分の股間をさらに押しつけようとした時。
「いらしてたんですか―――汚野刑事」
 背後から聞こえた冷ややかな声がそれをさえぎった。


「む」
 男が肩越しに振り返ると、そこには中川が立っていた。
 その視線は今にも両津と密着せんばかりの男の股間でそそり立っているものを凝視しておりその顔は硬く強ばっている。
 本庁きってのエリートで犯人検挙率100%、特殊刑事課の海パン刑事こと汚野刑事はその様子をじっくりと見定める。
―――ふ……若いな。分かりやすい―――嫉妬か。
「よう帰ったのか、お疲れさん。いま茶を淹れてるからよ」
 麗子がいないと面倒臭えなと、両津はその場に立ちこめている緊張感には気づかぬまま呑気な声で勝手なことを言った。
「ぼくが淹れますよ。先輩は向こうに戻っていてください」
「お、そうか悪いな。じゃ頼むぞ中川」
 渡りに舟とばかりに押しつけて両津がさっさと背を向ける。
「では私も邪魔をすまい」
 その後を追って踵を返した男の背を中川はじっと見ていた。
―――表通りに面した明るい所内なら不埒な真似もできまい。
 男に対して小さな腹いせを済ませてようやく肩の力を抜き、詰めていた息を吐き出しながら中川は急須へと手を伸ばした。
―――先輩は気づいているのだろうか。汚野刑事に向かって同等の口を利くとを許されているのは自分だけだと。
 いかに顔馴染みになろうとも、中川や麗子や、部長でさえもが彼に対して敬語を崩すことは許されていなかった。
 エリート警部補らしからぬ型破りな行動や、それとは裏腹に落ち着いた物腰や穏やかな声音につい気をゆるめてしまい、砕けた口を利いてしまうと途端、射抜くような鋭い視線がゆるりと流れてきて。
―――口に気をつけたまえ。
 とそう、無言の圧力をかけるのだ。
 その威圧感はさすが本庁のやり手刑事といわれるだけあり、反射的に背筋がピンと伸びてしまうだけの力を秘めていた。


 中川が茶を運んでいくと、そこでは相変わらずのやり取りが繰り広げられていた。
「だからデカはデカでもフリチン刑事だろ。絶対イヤだッ!」
 両津が叫びながら相手に向かってこぶしを振り上げている。
 汚野刑事はその様を眺めながら、余裕たっぷりの笑顔を見せて笑っていた。そう―――とても楽しそうに。
「私がプレゼントしたお揃いのネクタイが気に入らんのか」
「そうじゃない!」
 怒鳴り散らす両津の姿を男は好ましげに見つめている。
「私が躰に塗っている我が汚野家秘伝のオイルも分けてやろう。漂うほのかな香りは、犯人の苛立つ心を鎮める鎮静効果もあると教えたな。刑事になった暁にはお前の検挙率も上がることは間違いない。私が毎日お前の躰に塗ってやろう」
 男はよどみなく次々と甘い口説き文句を連ねていく。
「それに私のタイツもまた貸してやる。海パン一枚だと冬場の寒さはこたえるからな。お前も張り込みの時に愛用しろ」
「……だからその前に服着ろよ」
 ぼそと呟いた両津の声が耳に入っているのかいないのか。
「それでも寒ければ私がこの躰であたためてやろう。それもこれも、お互い裸だからこそ可能な技なのだ」
「うげえええっ!よせやめろ!」
「これも毎朝、私が結んでやるぞ。きみの大事なところにな」
 きゅ、とネクタイを締めながら両津の股間へと視線を流す。
「もっとイ・ヤ・ダ・ッ!ぜったい御免だからな!」
「そんなに嫌がることもあるまい」
 男の口調はあくまでも淡々としていて低く穏やかだ。
「両津、俺についてこい」

 ドンッ!

 乱暴な音とともに、二人の間を湯呑みが引き裂いた。
「―――お茶が入りましたよ」
 見れば中川がにこやかな笑みを浮かべながら立っている。
「ああご苦労。――――む?渋いな」
 湯飲みを受け取って口をつけた男の眉根が寄った。
「麗子さんほどうまく淹れられないもので。すみませんね」
「他意はない。絡むな」
「絡んでなんかいませんよ」
 中川の口調に何を感じたか男の目の中でチラリと色が動く。
「まあいい。君にも言っておくが、いずれ両津は私がもらう」
「何ですって!?まさか汚野刑事―――」
 給湯室での光景が脳裏に浮かび、中川は口を開きかけたが。
「もう一度コンビを組む。これは私のパートナーだ」
 ワシは知らんとばかりに茶を啜っている両津をあごで指しながら男は言って、相手の怒りの矛先をなんなくかわした。
「…………」
 正攻法で来られてしまえば中川は押し黙るしかない。
「まあそういうことだ。所内の者にも伝えておけ」
「今言うこともないでしょう。本当に辞令が出るまで―――」
「私は隠しごとが嫌いだ。たとえ相手が凶悪犯であろうとも誠意を持って接する。それが私のポリシーだ」
 中川の台詞を遮りそう言って、汚野刑事が堂々と胸を張る。
 両津は必ず俺のものにすると、男のその目は言っていた。
―――誰が凶悪犯だって?
 中川の心の中で、怒りの炎がメラリと燃え上がる。
 何を言わんとしているかは明白だった。この男は中川の裡に潜む欲望を知っているのだ。
 知っていて牽制している。
―――品性下劣なあなたと一緒にしないで下さいよ。
 ついさっき見た光景が目に焼き付いている。
 ひとけの無い給湯室で両津に押し付けられていたもの。
 この男の、あからさまな欲情のかたちを。

 だがたとえ海パン一枚の奇抜な姿をしていようとも、目の前の男は警察機構において中川よりもはるか上の立場にある。
 ふるおうと思えばふるえるだけの権力を持っているのだ。
 このままではこの男に先輩を取られる。―――――どうすれば。

「……お茶を淹れなおしてきます」
 押し殺すような声でそう言って、中川は席を立った。


 しかしまもなく、後を追うようにして両津がドタドタと給湯室に走りこんできた。
「ふぅ、あれじゃたまらんわい。避難してきた」
 背後を気にしながら額の汗をぬぐい、大きく息をついた。
 それを見つめながら中川の胸があたたかく溶けていく。
―――先輩。庇護を求めてぼくのもとへ。
 自然、口元がふんわりとやわらかく微笑んだ。
「ん?どうした中川」
 罪なく見上げてくる、黒くつぶらなその瞳の無邪気さよ。
 胸が―――苦しくなる。息もできないほどに切なくて。
 ああ。いつまでもそのままでいて下さい先輩。
「あちっ!」
 中川が見つめる中、しゅしゅんと蒸気を吹くやかんへ無造作に手を伸ばした両津が、取っ手の熱さに思わず飛びのいた。
「もう先輩ってば!ほら早く水で冷やして!」
 その手をつかんで蛇口の下に持っていき、ほとばしる水流の中で両津の太く短い指をそっと握る。
「先輩の貞そ……いえ先輩はぼくが守りますから」
 仕方ない人ですねと苦笑しながらも中川はくすくす笑った。
「何じゃそりゃ」
 けげんな面持ちで両津が見上げる。その表情すら愛しくて。
 水の中で丸っこい指を握りながら胸がとくんと高鳴った。
「先輩は本庁になんか……アイツとなんか行きませんよね」
 愛しさと不安の間で心が揺れて、中川の声が小さく掠れた。
「あん?当たり前だ。あんな変態につきあってられるか」
 思い出して両津が苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。
「そうですよね」
 中川が晴れ晴れとしてうなずいた。

 ずっとここに、ぼくのそばにいてください。
―――誰にも渡しません。……愛してます、先輩。


 ぼくの、大切なひと。



                                               ― 了 ―





これリアスですかギャグですか。不明。でも部長と麗子さん入れて五角関係にできなかったよーん(悔)


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