コンコンコン。


 男が扉を叩き、ノックの音を3回させた。
 しかし中からは何の反応も返ってこない。
「チ―――」
 舌打ちした男がドアノブに手をかける。
「うわ!お、おい!……間違いなく最中だぞ!?」
 後ろから着いて来た青年が、目の前の広い背中に慌てたような声をかけた。
「毎度のことだろうが。あいつの都合なんかいちいち構っていられるか」
 言いながら男がぐいと扉を引き開ける。

 途端―――。

「ん、はぁ……っ!ん、んっ……やぁ―――っ」
 部屋の中から女の嬌声があふれ出た。
「あっ、あん!……んっ!」
 悩ましいあえぎ声とともに、人間の躰がぶつかる打擲音や、濡れた粘膜がたてる湿った音までが否応なく耳の中へと流れ込んでくる。

「……………速見、キク見えてるぞ」
 扉をあけた大柄な男は手のひらで顔をおおい、なぜ俺がいつもこんな役目をとため息をつきながら、中へ向かって疲れたような声をかける。
「お楽しみの最中に悪いんだけどよ、手伝えって呼ばれてるぜハヤミ」
 その脇から青年がひょこっと顔を覗かせた。
「何だよお前ら。いいとこ……なんだから、もうちょい、待ってろ」
 ベッドの上で膝立ちになり、背後から女の両腰をつかんで事に励んでいた男が腰を突き入れる動きを止めぬまま、振り返りもせずに口を開く。
「あんっ……いいっ!……ん、はぁっ……もう…………ハヤミっ!」
 大きく開かされた脚の間を穿たれるたび艶めかしい声を放っていた女が、ベッドに両腕を突っ張りながらきつく背中をのけ反らせた。
「まだだ」
 引き寄せた女の腰をぐいと持ち上げ、尻を高くあげさせた速見は大きく腰を引くや、ひときわ強くズンと身を突き入れて、濡れた柔襞の奥までを熱い凶器で一気に貫く。
「あ……アァアアアッ!!」
 高く愉悦の声を放った女が耐えかねたように肘を折り、白いシーツを両手にぎゅっと握りこむ。
「―――速見、待てない。下の奴らだけで全部片づけるのは無理だ。連中の人数が多い」
 目の前で繰り広げられるそんな光景にも慣れているのか、扉の脇に立ったままの男は急ぎだと言いながらも忍耐強く言葉を発した。
「……しょうがねえな」
 チラと振り返った速見は、いつもの事ながら一歩も引くつもりがなさそうな相手の表情を見てあきらめたのか。
「抜くぞ」
 繰り返し突き入れては白い躰の奥を犯していた腰の動きを止めると、女のものでぐっしょり濡れているペニスを柔肉の中から引きずり出した。
「あっ、や……ハヤミっ」
「終わりだとよ」
 泣きそうな声をあげた女の尻をぱん、と叩き、ベッドの上にゴロリと寝転がる。
 サイドテーブルに手を伸ばして数枚のティッシュを抜き取った速見は、勃ちあがったままの自分のものを拭い、手の中で丸めたそれを屑篭に向かって投げ入れた。
 シーツを適当に腰へと引き寄せながら、再び黒ずんだ古い丸テーブルへと手を伸ばし、煙草とマッチを探り当てると1本をくわえて火をつける。

 ふぅ―――………。

 うすい唇から吐き出される紫煙がゆるやかに部屋の中を漂っていく。


「んもう……あんたたちねえ」
 汗に濡れた女が身を起こし、乱れた髪をかきあげながら闖入者に恨みがましい視線を向けた。熱で荒れた毛先を気にしながらも、商売柄の手馴れた仕草で巻き髪を整えようとする。
「……女だからってだけでハヤミに抱かれていいよな、アンタは」
 それまでずっと押し黙り、速見の腰が申し訳程度にシーツで覆われるまでチラチラと視線を投げていた青年が憎々しげに女を睨んだ。
「ふん、男の嫉妬は醜いわよ」
 部屋へやって来た時の派手な化粧は落ちかけているものの、それなり美しいと言える容貌を持つ女が、たわわに揺れる胸をふりかざして優越感に浸りながら鼻先で嘲笑う。
「いい加減にしておけ、真木。お前も速見のケツばかり追っかけてないで―――」
 言いかけた男が妙な具合に声を途切らせた。
「違うわようシドー。マキが追っかけてるのはハヤミのケツじゃないもんねーえ?」
 突っ込んで欲しいのは自分のケツだしねえ。
 青年の視線の先に目ざとく気付いていた女の唇が吊り上がる。
「てめえブチ殺す!!」
 きゃーはははと笑って逃げまどう女を、青年はムキになって追いかけ始めた。
 更に脱力を強いられることになった志堂が忍耐の息を吐き、がっしと掴んだ扉の木材に指先をめり込ませる。
「……早く来い速見。真木、お前も遊んでないで下に戻れ」
「そうだ、やべっ!手が足りねぇんだよハヤミっ!ヤツらけっこう強い!」
 我に返った青年はようやく掴まえた女の躰を放り出し、扉脇に立っている男の傍らをすり抜けざま、先に行ってるぜ!と声をかけると足音も荒くバタバタと部屋を飛び出して行った。
「………………」
 階下へと消えていく青年を黙って見送った志堂は部屋の中へと顔を戻す。
 わずかにシーツで覆われているものの全裸とそう大差ない姿でベッドに転がり、だらしなく四肢を弛緩させたままで煙草を吸っている速見の躰へと視線を当てた。
「ん、水」
 いささかの運動の後で喉がかわいていたものか。ベッドの端に腰掛けて細い煙草を吸っている女に向かって速見が手を伸ばした。
「はい」
 女がサイドテーブルから取り上げたボトルを受け取った速見は、片肘をついて半身を持ち上げ、あお向いてごくごくと喉を鳴らしながら水を飲み下す。
 その唇の端から透明な液体がわずかにこぼれ、あごから喉を伝って滴が胸へとすべり落ち、見かけよりも厚みのある胸板を濡らしながら腹の筋肉のくぼみに溜まっていくさまを見つめる無言の視線があった。
「ん?」
 ボトルのキャップを閉めて口元を拭った速見がふと顔をあげ、眼が合った志堂はそれとなく視線を逸らせる。
「―――後で月子に仕置きされても知らないぞ、俺は」
 拳を硬く握りこみ、低く抑えた声でそう言うと志堂はきびすを返して部屋を出ていった。
「………………」
 戸口を見遣りながらシーツの上にボトルを放った速見は再びベッドに身を倒す。
 離さず手にしていた煙草を唇にくわえ、ヤニで黄色く汚れた天井でゆっくりと廻っている三基のプロペラを見上げた速見は、筒先がじりじりと燃えて白い灰になっていくにまかせながら廊下を遠ざかっていく足音を聞いていたが。
「……うるせえな。わーったよ」
 男が最後、置き土産のように口にした切り札のごとき二文字には逆らえず、ぼやきながらもようやくのことでベッドから身を起こした。
 唇の先を灼くほどに短くなった煙草を指先につまんで古ぼけたサイドテーブルへ手を伸ばし、吸殻の積もったアシュトレイの中に突っ込んで押し潰す。
「あ、なあ。金ちょうだい」
 床から拾い上げたジーンズに足を通しながら、速見は思い出したように女を振り返った。
「またあ?この間あげたばっかりじゃない」
 脚を組んで煙草を吸っていた女が軽く唇を尖らせて、鼻にかかったような声をあげる。
「とっくに使っちまったし」
「もう……」
 平然とした顔で言ってのけた男に、呆れたような表情を浮かべながら女が嘆息した。
「―――なら、いーわ」
 ひょいと肩をすくめて軽い口調で受け流した速見がベッドを降りる。
 床にのたうっていた黒い鎖に手を伸ばし、ジャラリと重たげな音をさせながら掴み取ると、派手な色柄に染め上げられたシャツを肩に引っ掛けて部屋の出口に足を向けた。
「ちょっ……待ってっ!待ってってば!あげないなんて言ってないじゃない!」
 慌てたような女の声がその背を引き止める。
「無理すんなよ、構わねえって」
 戸口近くで振り返った速見が他意のない笑顔で笑う。
「いいからあげる!」
 床に転がしてあった派手な赤革のバックを掴み、女が戸口へと駆け寄った。
「くれるの?」
「だって、私があげなかったら………他の女にもらうんでしょ」
 光沢のある黒の財布を開けようとした女の手が止まり、決して自分ひとりのものではない男を上目遣いで見上げながら唇を噛む。
「―――まあ……そりゃ、な」
 速見が困ったような顔をしながら、ぽり、と指先で鼻の頭をかいた。
「……これで足りる?」
「ん、さんきゅ」
 金を受け取った速見は、女にウィンクを投げながら丸めた紙幣にキスをする。
「ねえ……また私のこと呼んでくれる?」
「ああ、そうだな」
 媚びを含んだ女の声に応えながら、手にした札をざっと数えると尻ポケットへ無造作に金を突っ込んだ。
「今日はハンパして悪かった。その分は次ん時に、な?」
 速見は殊勝な顔をして女に詫びると。
 この騒ぎだ、気をつけて帰れよ。親指をくいと下に向けながらそう言った。
「ね、ハヤミ……次っていつ?」
「呼ぶって言ったろ」
 いいコで待ってな。
 身を預けてきた女の熱い躰を腕に抱き、ルージュが剥げても紅い唇に口吻ける。
「………っん」
「じゃ、下からお呼びがかかってるんでね」
 柔かな唇と甘い吐息を存分に味わったのち―――。
 またな、と片目をつぶりながら屈託のない笑みひとつを女に残し、速見はその部屋から姿を消した。








「月子―――ッ!悪ぃ、お待たせ!」
「遅いッ!いつまで女の尻に張り付いてるつもりだ!?」
「だから悪いって!!」
「そう思うなら早く来い!」
「女が離してくれなかったんだよッ!」
「いつも同じ台詞が通用すると思うのか!?」
「お前ら……くっちゃべってんじゃねえぞコラァッ!女だって容赦しねえぞああッ!?」
 凶悪な面構えの男が娘の前に立ちはだかり、岩のような拳を振り上げた。
「―――そうか」
 月子と呼ばれたその娘は呟くや鋭く膝頭を跳ね上げる。ゴスッという鈍い音とともに大男はあっけなく床へと崩れ落ちた。
「ゲ…フ……ッ」
「ほう、どう容赦しないって?」
 胃の腑をえぐられて白目を剥き、吐寫物にまみれながら床の上でのたうっている男の顔を靴先で蹴りながら、娘が冷えた声で問いかける。
「聞こえてねえって。カワイソーにコイツ、一週間はまともなメシ食えねえぜ」
 ものも言えずに苦悶している男を見ながら、速見が大口を開けてげらげら笑った。
「てめェらよくも……ッ!!」
「次は俺が相手だッ!」
「待て俺が先だ!!」
「ちッ。―――まったくあきらめの悪い連中だ」
 敵味方入り乱れながらの乱闘が続く店内で、気絶した仲間を踏み越えて現れた新手の男達へとアイスブルーの瞳を向けた娘は、表情を変えぬままで馬鹿がと呟く。
「だぁな。……よくもまあうじゃうじゃと」
 それに応えて肩をすくめながら速見は店内をざっと見回した。
 戦況を見極めながらチーム員一人一人の姿にピントを合わせて視界に収める。その中には、目が追いつかぬほどのスピードで回し蹴りを放っては相手を確実に仕留めている真木の姿や、手近な男の襟首を引き寄せては強靭な拳の一撃で床に沈め、黙々と処理している志堂の姿もあった。
 順繰りに配下の者を識別し、たとえ顔を腫らしていようがいささか血塗れていようが自分の足で立っていれば良しとして次から次へと視線を飛ばし、動けぬほどの致命傷を受けた者や追いつめられて危険な状況にある者がいないことを確認し終わり―――。
「さてと、じゃあオレも…………女と犯りそこなった礼をさせてもらおうか。てめえらよくも邪魔してくれやがったよなぁ?」
 眼前に迫る男達へと視線を戻した速見は唇を歪めながら、くつりと楽しげに喉を鳴らす。
「それは私怨だぞハヤミ」
「るせえ、あと少しでイけたんだよ」
 殴り込みをかけてきた男達のガラの悪さに勝るとも劣らぬ品性下劣なヘッドをたしなめた娘の声に、変わらず下品な台詞を返す。
「あ、なぁ月子。これが終わったらオレとヤらねえ?」
 ふと気付いたように娘を振り向いた速見はどうにも気が収まらないらしい。
 二階の女を帰さなければよかったかと今さらのように臍を噛みながらも、あきらめ悪く別の女と情事の約束を取り付けようとした。
「残念だったな。今日はそういう気分じゃないんだ。別の日にしろ」
「チクショウッ。ならてめーら相手にウサ晴らしてやる。オラオラどいつからだァッ!?」
 恋人である娘――と思っているのは速見だけかも知れないが――にあっさり振られて、くさった男が八つ当たり気味に気炎を上げる。
 ジャラリと不吉な音をさせながらブラックチェーンを両手に握った。
「万年発情期だと大変だな」
「ほっとけよッ!」
 凶暴な気分に満ち満ちているところに、元凶ともいえる娘からいらぬ同情の声をかけられた速見が歯を剥きながら振り返る。
 ゴッ―――。
 身をひねった拍子に、鎖の先で揺れる円錐形が床に当たり鈍い音を響かせた。
「重りのついたチェーン……?」
 二人の周りを囲んでいた男達のうちの一人が記憶に引っかかるものを感じて訝しげな表情を顔に浮かべる。しかしそれが何だったのかを思い出す前に―――。
「蒼い眼に……黒髪の女?…………まさかコレが……アイスドール……」
 最前から頭の悪そうな発言を続けている軟派な顔立ちの男の隣に立っている娘の、特徴的な色彩に気付いて愕然としたように呟いた。
「―――――」
 耳ざとく聞きつけた月子の片眉がかすかに上がる。美しく造作の整った白い顔の中、その名の由縁である薄蒼の双眸が冷たく光った。
「とすると……」
 言葉を途切らせ、視線をせわしなく動かした男が速見へと視線を戻す。
 その間に、なめらかな動きで月子は革のツナギに包まれている自分の腿へと手をやった。
 返す手でヒュンと空を薙ぎながら一挙動で獲物を伸ばした娘の肩先で、白い顔を縁取る黒髪がさらりと揺れる。
「茶パツのウェービーに………スケベったらしい軽薄顔………ああ!てめぇッ!!」
 視界の隅に映る剣呑な動きにも気付かぬまま、必死の面持ちで考えていた男が顔面蒼白となり絶叫をあげた、が。
「ナイトメアの―――」
 ヘッド、と言いきる前に黒い蛇のような影が走り、足首へ巻きついたそれに重心を崩されて宙へ浮いた男は、後頭部から床に激突して呆気なく気を失った。
 ほぼ同時に疾った銀の軌跡が容赦なくビシリと男に襲いかかり、深い朱線を頬に刻む。
「よけーなお世話だ。てめえのような不細工に言われる筋合いはねえ」
 男の足をすくったブラックチェーンを手馴れた仕草で引き戻しながら速見が不満そうに鼻を鳴らした。どうやら、男が口にした自分についての形容詞がお気に召さなかったらしい。
 不機嫌な顔をしながらも接近戦用にと短く鎖を手折り始めたその男の傍らで。
「コレとは何だ。礼儀を知らん男だな」
 白い面に凍りつくような表情を浮かべた月子がヒュンと腕を一閃し、銀杖の表面を赤く濡らす汚れを払った。
「――――ッ!!」
「……のヤロウ!!」
「よくもッ………!!」
 その場が一気に殺気立つ。
 目の前で立て続けに仲間を倒されたことで頭に血がのぼったらしい男達は、じりじりと足を踏み出し、頭数を頼みにしながら次第に包囲網をせばめていく。
「無駄口は終いのようだな」
 正面を見据えたままそう言って月子はすいと身を低くした。しなやかな躰に力がたわむ。
「―――そろそろ始めるか」
 応じた速見はにぃッと嗤い、赤い舌先をのぞかせて上唇をぺろりと舐めた。
「ハヤミッ、片っぱしから血祭りにあげてやれ!!」
 シルバークロムの硬質な光を片手にした月子が、たんっと身軽く床を蹴って走り出す。
「っしゃあ任せろッ!ブッちらばったる!!」
「殺すなよ!!」
「んな後がメンドーなこと誰がするかッ!!」
「それもそうだな!!」
 距離を隔てて怒鳴り合うようなやり取りの合間にも、ぐしゃ、バキッ、ジャッ、ビシリというバラエティに富んだ擬音が入り混じり、それに伴っていくつもの絶叫や野太い悲鳴があがり――――。

 店内の喧噪は、更にいっそう賑やかなものとなっていった。





                                            ある日の一幕。






幹部4名ようやく出揃いました。力関係はご覧の通り。水面下には痴情のもつれ。
月子の得物は型式ASP-F26B。全伸長70cm程の特殊警ぼ(以下危険により省略)
速見は神奈川東エリアの人です。ここ出身の人と飲んだ日に書いたもの。単純な私。
ソリコミ入ってるおっちゃん、女に貢いでどうする貢がせてなんぼだと言ってました。
そんなわけで数名の女のヒモやって食ってます、Nightmare時代の速見。働け。