「ね、ハヤミの歩き方って……すこし変わってない?」
 満月に照らされた夜道をコテージに向かって歩くうちに、ニーナがどことなくためらうような素振りで口を開いた。
「ん?どこかおかしいか」
 そう言われても自覚のない速見が尋ね返す。
「うん。歩きながら右肩がほんの少し……ぐっ、てあがる」
 躰、どこか悪いの?
 見上げる娘の目は気遣うような色を浮かべていた。
「――――――」
 言われて初めて気づいた速見が絶句する。
「…………なるほどね、よく見てるなニーナ」
 やるせない思いを抱えながらその顔に苦笑を浮かべた。
 意識してみれば確かに右側が軽いのだ。
 常に右腕へと巻き付けていたものが消えた分だけ。 
 消えた重みは―――ブラックチェーン。

「そうかも知れねえな。悪いもんを捨てたんで……まだうまくバランスが取れねえのさ」
 もっとも。
―――全部捨てちまったら後には何も残らねえから、丸ごと捨てるわけにもいかねえけどな。
 夜の暗がりの中で、速見の唇が苦く笑う。
「なに?」
 意味がよく分からずに娘が困ったように男を見上げる。
「いや……躰はどこも悪くねえよ」
「そう、それならよかった」
 腕を貸してくれている男の手につかまって歩きながら、ニーナは暗闇の中でうつむいた。
 本当は、もっとはっきりと尋ねてみたいことがあった。
 今日出会ってから聞こうかどうしようかずっと迷っていた。
「……ハヤミ……」
 夜の暗さに助けられながら、思い切って口にしてみた。
「どうした?」
 娘の声の小ささに、身長差がある速見はそれを聞き取ろうとして少しだけ身を屈める。
「前に……私と会ったことない?」
 低く囁くような声で娘が尋ねた。
 どこか怖れがこもっているような響きだった。
「今日が始めてだと思うぜ?こんな可愛いコ、いちど会ったらオレが忘れるわけねえよ」
 速見は陽気な声で言いながらウィンクを投げると、がっしりした腕で娘の肩を抱き寄せる。
「そう……」
 断言されてしまえばニーナにはうなずく他になくて。
 あたたかな体温にすがるように男の躰へと身を寄せた。
 よく見なければ分からないほどにかすかなものとはなっていたが―――あの晩の人影を思い出させる男の歩き方。
 だがいま自分の隣を歩く男からは、あの時の恐ろしい気配はみじんも感じられなくて。
―――気のせい……だよね。
 自分の思い違いだと、ニーナはそう思うことにした。

 あと少しでコテージまでたどりつくという段になって、2人の目の前には滔々と水の流れている川が現れた。
 川幅はほんの数メートルであったが、深さはそれなりのものがある。歩いて渡るのは無理なことのように思えて、ニーナはどうするのかと問うように隣の男の顔を見上げた。
「ホセ、いるか。―――ホセ!」
 周囲を見渡しながら速見は誰かに向かって呼びかけた。
 しかしその声は満月がゆらゆらと映っている水面の上をすべっていくだけでどこからも返事は戻ってこない。
「まいったな。今日はもう終わっちまったのか?」
 島に来てからというもの、町に出かけたとしても夜遅くまでいることもなくさっさと引き上げていたため、この時間に川を渡ったことは今までなかった。
 自分1人なら単純に泳げばすむことだったが、あいにくと今日は連れがいる。どうしたものかと思案していると、岸辺に生い茂る葦をかきわけながら1艘の小舟が現れた。
 見る見るうちにそれは近づいて舟影を濃くしていく。
 1本の長い櫂で器用に舟を操っているのは、まだ十を超えたか超えないかぐらいの歳の男の子だった。
「―――ハヤミか?」
 褐色の顔の中で眼だけを白く光らせた少年が澄んだ声を放ち、月明かりを頼りに自分を呼んだ相手の顔を確かめる。
「そうだ。だけどお前、こんな夜遅くまで仕事してるのか」
 自分で呼んでおきながら速見はため息をついてそう言った。
「こんな夜遅くに俺がいなかったら、あんたは困ってたろ」
 舟の上で少年がむっとしたように唇を尖らせる。
 少年の家が多くの子供を抱えて貧しい境遇にあることを知る速見だったが、彼の矜持を傷つけるつもりは毛頭無くて。
「そりゃそうだ、悪かった。渡してくれるか」
 確かに少年がいなければ多少困ることになっていたのも間違いのないことで、苦笑しながら素直に謝った。
「分かればいい」
 ホセと呼ばれた少年が白い歯を見せてにかりと笑う。
「暗いから足元に気を付けろよ」
 速見はそう言いながら背後にいたニーナの手を取った。
 その時初めて少年は娘の姿に気づいたようだった。
「誰?」
 たずねる声がいぶかしげな響きを帯びる。
 速見は今まで誰かを連れてコテージに戻ったことはない。
「ニーナだ」
 答えになっているようでなっていない相手の返事を聞いて、少年の眉根がぎゅっと寄った。
 幼いながらも速見が見知らぬ女を連れている意味が分かっているのか、どうにも感心しないという表情を見せている。
「ヘソを曲げてくれるなよ」
 船賃の1ドル札を渡しながら、速見は少年に向かって頼むぜと片目をつぶった。
「―――乗れよ。…………ハヤミが女を連れて帰るぐらい元気になったんならいい」
 金を受け取って長衣のポケットにしまった少年はぶすりとした声で低くそう言うと、娘が乗りやすいように船をぴったりと岸辺につけた。

「ハヤミ、あの子と仲良しだね」
 渡し守の少年に別れを告げて小舟を降り、先導する速見と手をつないで森の中を歩き出してからニーナが言った。
 ずいぶんと年上の客である男に対して、くだんの少年は無愛想な中にも親しみのある乱暴な口を利いていたからだ。
「ん?ああ。最初に舟に乗った時、ちょうど1ドル札がなくてな。前払いのつもりでまとめて10ドル渡したら、それから色々と好意的で用事なんかも聞いてくれる。なついちまったっていうか……そういうのも切ねえけどな」
 そう言って速見が淡い笑みを口元に浮かべる。
「どうして?」
 けれどニーナは不思議そうな顔をしながら尋ね返した。
「どうって……」
「だってあの子、物乞いじゃないよ。お金を受け取ったんなら、それに見合うものを返そうとするのは彼にとって当たり前のことだよ。それに先払いってことはハヤミはあの子のこと信用したんでしょ?そしたらあの子、嬉しいよ」
 速見の戸惑いをよそに、ニーナはきっぱりとした口調でそう言った。
「そうだな。……オレは今まであまりまともな生活をしてこなかったから、知らないことがたくさんあるらしい」
 年若い彼らにいくつものことを教えられて、速見は唇にうすい笑みを刻みながらニーナの小さな手をぎゅっと握る。
「……ん?そろそろ一雨くるな」
 娘の頭越しにふと夜空を見上げた速見が呟いた。
「え。スコール?あんなにはっきり月が見えるのに?」
「ああ、さっきから水の匂いがしてたんだが、だんだん強くなってきてるみたいだ」
 そう言ってから隣にいる娘の顔を見た。
「こんなにはっきりしてるのに分からないのか?」
「だってこの辺、川の近くだし……」
 くん、と鼻をうごめかせたものの、よく分からないという顔をしながら娘があいまいに語尾を濁す。
「たぶん来る。急ごう、ニーナが濡れちまう」
「ハヤミは?」
「ここの雨は嫌いじゃねえよ。ドカンと降ってすぐにやむ。水浴びすると思えば気持ちいいぐらいさ」
 男は楽しそうにそう言って片目をつぶった。
「あたし濡れるのはあんまり好きじゃない」
「そうか。じゃあ早く行こう」
 娘の手をしっかりと握りなおした速見が先を急ぎ始める。
 しかし早足で歩き始めてすぐに、大粒の水滴が空から落ちてきてポタリと頬に当たったのだった。
「ほんとに降ってきた」
 ニーナがびっくりしたような声で言う。
 見上げた空からはパラパラと矢継ぎ早に雨が降ってくる。
 すぐにザァザァとバケツの底をひっくり返したような大雨になった。
「しょうがねえ、走るぞ。足元気をつけろよ」
「うん」
 娘がうなずくのを確認した速見は握った手を引き、2人は夜道を走り初めたのだが。
「ニーナッ」
「きゃっ、いきなり何よハヤミ!」
 腕を引かれたと思った途端、ぐっと躰を抱き寄せらた娘が驚いたような叫びをもらす。
「そこにでかい石がある。蹴っつまづくぞ」
 男の言葉を耳にして暗がりの中で目を凝らしてみれば、言われた通り、地面から尖った石が大きく飛び出していた。
 そのまま走っていたら足を取られて、転んで怪我をしていたことだろう。
「こんな真っ暗なのによく分かったね。見えるの?」
「ああ、もともとオレは夜行性なんでね」
 きっと意味は伝わらないだろうと思いながら速見はそう言って、おかしそうに笑う。
 そう、故郷では昼よりも夜にさまよい出ることの方が多かった。
 真っ暗な闇の中で、自分は昼よりもずっと自由に息ができた。
「動物みたい」
 そんな男の心中を知らぬ娘が呆れたような口調で言う。
「そ。腹減らしてるとよけいによく見える」
 思いを押しやった速見は付き合いよくそう言いながら、意味ありげに横目でチラリと娘の顔を見た。
「お腹すいてるの?店で何か作ってもらえばよかったね」
 茶目っけを含んだ男の目線の意味するところに気づかぬまま、ニーナが素直に相手の腹具合を心配する。
「大丈夫さ、ニーナを食ったら満腹になる」
 にんまりと人の悪い笑みを浮かべながら速見が言った。
「……バカッ」
 ようやく気づいた娘の頬が赤くなる。台詞と同時に思わず手が出ていた。
「痛えってッ!本気で殴るなよ」
 娘の小さな拳でぽかりと殴られた速見が大げさな悲鳴をあげる。
「だってハヤミが―――」
 頬を染めたままの娘が怒ったような声で言った。
「はいはい、オレが悪かったよ」
「ん、もう……」
 土砂降りの雨の中、2人でくすくすと笑い合う。
「ずぶ濡れだ。このまま走るぞ―――この方が早いだろう」
 そう言いながら速見がひょいと娘の躰を腕に抱き上げた。
 コテージがある海岸はもうほんの目と鼻の先だ。
「ちょっと揺れるけど我慢してくれな」
 もう一度しっかりとニーナの躰を抱えなおした速見が、すまなそうな視線を向ける。
「いいの?」
 また何かにつまづいて転ぶよりもその方がいいのだろうとは思うが、人一人を抱えて走ることもそれなりの負担になることは間違いなくて、ニーナが男の首に両手を巻き付けて落ちないようにしながら申し訳なさそうな顔をする。
「言ったろ?腹が減ってるのさ」
 笑いながらそう言うと、速見は森の奥へと駆け込んだ。



 そして雨の中をコテージまで無事にたどりつき、濡れた服を脱ぎ捨ててそのまま2人してベッドに潜り込んだまではよかったのだが―――。


「ニーナ?」
 躰の下に抱き込んだ娘の躰のあちこちにキスを落として唇で愛撫を与えていた速見は、柔らかなその躰がいつまでもこわばっていることに気がつくと、ため息のような声で娘の名を呼びながら顔をあげた。
「お前、もしかして初めてか」
 そうであるならば生娘の身では言いにくいことかも知れないが―――抱いてみれば分かることだとはいえ、今この段階では言葉にして聞くしかない。
「違うよ。だけど何。処女は嫌い?………面倒だもんね」
 違うと言っても似たようなものだったのだろうか、ニーナが拗ねたような顔をしてぷいと横を向いた。
「いや、そういうのはねえよ」
「…………」
 わずかに顔を戻した娘が疑わしそうに男を見上げる。
「それならおさら気持ちよくしてやりたいと思うけどな。好きな男とするのだって、初めてなら―――怖いだろ?」
 初めてではないというのであれば、娘が幸せな恋の中でその男と結ばれたのだと信じたくて、速見がやわらかな声音で答えを誘う。
「……そう、だね……」
 瞳に思い出すような光を浮かべながらニーナが頷いた。
「嫌なら無理はするな」
 そして、こういうことにその必要はないと言った男に。
「ごめ……なさ……」
 その腕の中で小さく身をすくめたまま、ニーナは声を細く途切れさせた。
「気にしねえでいい。―――オレはあっちのソファで寝とくわ。今日はもう遅えから、明日の朝になったら町まで送って行ってやるよ」
 ゆっくり休みな。
 そう言って静かに笑んだ速見は娘の額にお休みのキスを落とすと、服を拾いあげて長椅子へと足を向けた。
「ハヤミっ!」
 とっさにニーナが男の背中を呼び止める。
「ん?」
 どうしたと速見が振り返った。
「……え、とね。一緒じゃ……だめ?」
「………………あのな、何にもしねえでオレにお前と一緒に寝ろってか」
 髪の中に指を突っ込んで、ガシガシと頭をかきながら速見が苦笑する。
「…え……あの………」
 ベッドの上に起きあがったニーナはシーツを胸まで引き上げながら口ごもったが、その瞳はすがるような光を浮かべながら男を見つめていた。
「分かったよ、お嬢さん」
 ため息をつきながらもう一度苦笑した速見はベッドに歩み寄り、シーツを持ち上げると再び娘の横に自分の身を滑り込ませる。
「……ハヤミ、寝られる?」
 男の腕と胸の中にそっと抱き込まれ、さっきまで重なっていたあたたかな体温をまた間近にしたことで、ニーナが安心したような表情を浮かべながら小声で尋ねた。
「―――努力する」
「…………」
 厳粛な面持ちで言った男に娘が何とも言えない顔を見せる。
 現に腰の辺りに男の熱い昴りが当たっているのだ。
 それを見た速見が吹き出しそうな顔をした。
「すまねえな。適当に女と寝てた頃は、溜まってるなんてこたそうそう無かったんだが」
 娘の咎めを受けるだろうことは分かっていながら、あえてさばけた口調で言ってのけて男が笑う。
「ハヤミ、不潔」
 眉をひそめたニーナがきっぱりとした声で非難した。
「悪かったな、こういう男で―――にしても」
 ひとつ肩をすくめると寝転がって仰向いた速見が、娘の躰を抱き寄せながらその顔にチラリと目をやった。
「お前も大したタマだぜ?オレに添い寝だけしろっていう女は初めてだ」
 枕代わりに片腕を貸しながら天井に向かってため息をつく。
「初めて?そうなの?するの嫌だっていう人いない?」
「そりゃもちろん、オレに気がねえ女にはコナかけねえし、無理強いもしねえぜ?じゃなければ…………まぁ、ね」
 嫌よ嫌よも好きのうちってな。
「本気で嫌がってるんじゃなければイケる」
 にやにやと笑いながら速見は言って娘へと視線を向けた。
「やっぱり不潔。……でもどうやって?」
 睨みつけながらも少しは興味が湧くのかニーナが尋ねた。
「やらせてください、って素直にお願いするのさ」
 速見が茶目っけたっぷりに言いながら片目をつぶる。
「でも……それでも嫌だって言われたら?」
「ダメなら先っぽだけでもいいから入れさせて。オレ小さいし早いし何なら動かさないからさ。って言って頼む」
 娘に問われた速見は、真面目な顔をして非常に不真面目な台詞を吐いた。
「―――なにそれ!?」
 茫然としたのもつかの間、目を丸くしながら叫んだニーナだったが、すぐに笑いの衝動に駆られて大きな声で笑い出す。
「何で笑うよ」
 速見が憮然とした表情を見せた。
「だって。小さいって嘘ばっかり。…………大きいよ」
 くすくすと笑い続けながら相手の顔を軽く睨んだニーナがシーツの中で手を伸ばし、男の漲りに指を触れた。
「……ぅ」
 とたんに耳元でこらえるような吐息がもれる。
「え。……ハヤミ?」
 びっくりしたような声とともにニーナの手が引っ込んだ。
「わりぃ」
 娘を驚かせてしまったことを知って速見が苦笑する。
 しかしまた同じことをされたら、それに耐え続けるのは今の自分にとって少しばかり難しいことであって。
「気持ちいいから、よそうな?」
 やんわりと言って娘の手から腰を遠ざけた。
「あ……ごめんなさい」
「抱きてえのを我慢してるんだから、オレの忍耐を試さないように」
 腕の中でどぎまぎと視線を泳がせながら身を縮めている娘に向かって小さく笑いながら片目をつぶった。
「―――ね、ハヤミ。いいって言ったら?」
 しばらく黙りこんでいた娘が口を開く。
「ん?」
「あのね……ええと……」
 はっきりと口に出して言えず、ニーナの頬が赤くなる。
「ああ、そりゃ嬉しいけどよ。―――いいのか?」
 相手の言わんとしていることを察した速見が、最後まで言わせることなく続きを引き取った。
「うん、いい……。でもあんまりしたことないよ……」
「オレは構わねえけど、ニーナはそれで本当にいいのか」
「う、ん。平気」
「―――そうか。けどオレ、しばらく女を抱いてねえんだ。なんか粗相したらカンベンな」
「……ハヤミっておかしい」
 相変わらずな男の口ぶりに、わずかだけ身をこわばらせていたニーナが思わず緊張を解いてくすくす笑った。
 身を入れ替えて娘の躰を抱き込んだ速見が、小造りな顔の上にそっと唇を下ろす。
 触れるだけの軽いキスをくり返しながら、ふっくらとした唇を何度もついばんだ。その合間に躰へと指を這わせる。
「……う、ん……」
 娘の息が弾み出すと速見は身を起こし、なめらかな肌にいくつものキスを落としながらやわらかく吸い上げた。
「……あっ……」
 あえかな声がもれる場所にくりかえし口吻ける。
「……ハヤミ……も、大丈夫だか……ら」
 唇と指で躰のあちこちに触れながら愛撫を続けているうちに、ニーナが切なそうな声をもらした。
「もういいのか」
 低くそうたずねる声に目を開けて、潤んだ瞳で男を見上げながらニーナが無言のままに小さくうなずいた。
「分かった」
 娘の足を押し開いてその間に身を進めると、淡い塩気を帯びながら濡れ潤むその場所が、吸い込むように迎え入れた。
「……痛くねえ?」
「だ……い、じょぶ。……んっ」
 身じろぎしたニーナの内襞がざわめくように吸いついて、やわらかく男のペニスを押し包む。
 唇からもれる甘いあえぎを耳にして、言葉に偽りがないことを知った速見が、娘の上でゆっくりと動き始めた。
「あっ、や……ハヤミっ」
 小さな叫びとともに、柔襞にぎゅっと締めつけられた。
 もっと、とねだるようにしなやかな躰が擦りつけられる。
「ん」
 娘の躰を抱き寄せた速見が、欲しがるままに突き上げた。
「……あっ、ぁあっ……」
 うすく開いた唇からあえぎをもらしながら、ニーナが男の肩をつかみ、すがるものを求めるように強くしがみつく。
 おそらくは必死の力なのだろうが、速見にとってそれはとても弱く感じられて、胸に愛おしさが込みあげる。
「気持ちいいか?」
 薄く汗ばんでいる黒髪を指にすくいあげ、口吻けながら耳元に甘く囁いた。
「……ん、うんっ……」
 濡れ潤んだ瞳を男に向けた娘が小さくうなずく。
「……可愛いな」
 ふ、と笑った男がその額の上にキスを落とした。
 額からまぶたを伝い、鼻筋を通った唇が娘の柔らかな唇へとたどりつく。
「ニーナの中で……オレも感じる……」
 唇を触れあわせながら、速見が低く掠れた声で囁いた。
「……んっ……」
 あえぎとともにうすく開いた娘の唇に自分の唇を深く重ねて、甘く香る吐息を奪う。
「……ハヤミ―――」
 自分を抱く男の名を呼びながら、ニーナはその首にぎゅっと両腕を巻きつけた。